私を解放するブログ

働かない子なしアラフォー|日々思うこと思いついたことなど心の声を解放して自分と向き合っていく自分語りのブログ

私は電話に出んわ 会話に出んわ―――苦手なことと劣等感

私は電話が嫌いだ。

電話が鳴るたびに、ドキッと小さく飛び上がってしてしまうほど、電話が怖い。

誰だろう?何の用だろう?出なきゃいけないよね?早くでないと切れちゃう!と、傍目には分からないかもしれないが、電話を取るまで、または切れてしまうまでの短い時間にちょっとしたパニックを起こしている。

 

働いていたときは職場の電話に出るのが最もストレスに感じていた。

まず、噛まずに店舗名をツラツラと申し上げることに難しさを感じていた。

「お電話ありがとうございます。〇〇(店舗名)でございます。」そんな簡単な一言の何が難しいんだと世間の人々は不思議に思うだろうが、私にとっては難しいかった。

たぶん、誰がかけてきているのか、何の用でかけてきているのか、私にその対応ができるのかがとにかく不安で怖くて仕方がなかったため、物凄い緊張の中電話を取っていたからだろう。

明るく、ハキハキと、的確な返答を返したり、用件に対応したり、必要なことを聞いたり、メモしたり、上司に伝言したり、そういった仕事がとにかく苦手だった。

私は相手の話すスピードに押されて、必要なことを聞きそびれたり、メモし忘れたり、忘れたりと、何かが抜け落ちてしまうことがよくあって、上司にはよく怒られていた気がする。

 

今気づいたのだが、こういう電話だったらどうしようとか嫌なイメージが湧くから電話が怖くなるんじゃないの?と考えられるケースにクレームの電話があると思うのだが、何故かクレームに対してはあまり不安に感じていない。

クレームの電話なんて受けたことがなかっただけかもしれないが、あらゆる事を妄想しては怖がる人間なのに、ことクレームに関しては恐れていなかった。

たぶん、感情的になっている人と接すること自体に苦手意識がないためだろう。

それよりも、自分が実際的なことをしっかりとこなせるかどうかというシチュエーションに強烈な苦手意識をもっているのだ。

これ以上自分が無能な人間だと知らしめることだけは避けたいようだ。

 

 

 

人には得て不得手がある。

私はとにかく電話をかけたり、電話を取ることが苦手だ。

実際的なこと、大人が普通にやってしかるべきと世間であったり私が考えていることは大概苦手だ。

何のストレスもなく電話をかけたり取ったりできるようになれたら、私はきっと大人になったと自分を誇らしく感じることだろう。

けれど、実際にはそうではない。

だいたいの場合、電話口では自然に話せないし、だいたい電話じゃなくても人と普通に話すこと自体がすでに下手なのだ。

 

私は人と話すことが下手で、上手に受け答えできないし、日常会話みたいなことが本当に苦手だ。

天気の話だとか挨拶の延長上にある何気ない会話だったり、内容のない会話というものが性に合わないと感じている。

子どもの頃だったり若かりし頃は親戚と接することが大の苦手だったのも、たぶんそういう会話をしようにもできなかったから居心地が悪かったのだろう。

最近では少し大人になったのか、親戚とも自然に接することができ〝そう〟になってきた。

打ち明け話や悩み相談といった腰を据えてしっかり相手と向き合って話すような話だったら、されるのもするのも苦手意識など全くないのに、表面的な会話となると壊滅的に下手なのだ。

 

夫はこういった私が苦手とする日常会話や親戚付き合いを得意とする人間だ。

夫を交えての人との会話は、いつでも弾む。

夫不在の人との会話は、ほとんど弾まない。

今日は久しぶりに夫抜きで、人とほんのちょっと顔を合わせることがあった。

いつもだったらペラペラとお喋りな人なのに、夫がいないと会話が弾まない、私だけでは話すこともないらしい。

また痛感させられてしまった。

 

そんなときは、劣等感を感じずにはいられないのだ。

そして、これまでのこういった数々の小さな体験の積み重ねによって、私は人と会うときに夫がいてくれないと心細く感じるようになってしまった。

苦手な日常会話を繰り広げるようなシチュエーションでは、夫の陰に隠れて相槌を打つことに徹してその場をしのぐというのがお決まりとなっている。

上手く話せない自分というセルフイメージが、さらに人との距離を作る。

 

相手からは、私は夫の腰ぎんちゃくのように映っていることだろう。

そんなことを考えれば不甲斐なく感じるけれど、劣等感とかそういうものを脇に置いて考えてみれば、それで自分が楽できている、興味のない会話にまで首を突っ込むことはない、とシンプルな考えに至る。

劣等感というのは本当に質が悪い。

人には得て不得手があるんだ。

夫はコミュニケーション力があったり、人から好感を持たれやすいという長所があり、私にはそれがないだけだ。

人それぞれ持っている才能は違う。

人との比較で劣等感を抱き、自分を卑下したり落ち込んだりしていても良い事はない。

それよりも、夫のお陰で煩わしいコミュニメーションを一手に引き受けるような事態にも陥らず、さらに人に好感をもたれて人に良くしてもらったりといった恩恵も受けていること、そういうシンプルな注目をもとう。

 

夫の才能に感謝しよう。

そして、自分の苦手なことや短所だけではなく、得意なことや長所にも、目を向けられるようになっていきたい。

 

今週のお題「大人になったなと感じるとき」