私を解放するブログ

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夫と私の運気バイオリズム―――12年周期の春夏秋冬

縁側で日向ぼっこしながら何か本を読みたい気になって何気なく手に取ったのは、一時熱心に読み込んでいたものの、熱が冷めてからはしばらくその存在を忘れていた本だった。

数年ぶりにパラパラと目を通してみる。

そんなときには以前読んでいた際には気づかなかった新たな発見が潜んでいたりするもので、再びあの頃の情熱に火がともるようなこともある。

昨日はそんな再ブレイクを果たした本を片手に、私と夫のこれまでをいつもとは違った角度で見返してみる作業をしていた。

 

確かこの本は3~4年前、元々は夫が欲しくて買った本だった。

それがいつの間にか、私の当時のバイブルと化した。

私たち夫婦は、いわゆる引き寄せの法則だとかヒーリング、セラピーそういった分野がお互いずっと以前から好きで、それぞれ違ったメソッドで様々なことを実践してきていたりする。

お互いの経験や考えを共有しつつ、それぞれのやり方で目に見えない世界のことにも意識を向けながら生きている。

といっても現在ではあまり厳格だったり、傾倒したりといったことがないのは、お互いがお互いの過剰なところは鎮めたりなだめたりする働きをしているのかもしれない。

そんなことはあまり意識していなかったが、改めて考えてみるとそんなバランスの取り方も気づかぬうちにしていたような気がする。

私は熱中すると突っ走るタイプだし、夫も熱中すると根詰めるタイプだし、抑止力もときには大事なはずだ。

と言ったそばから撤回しておく。

思い返してみれば二人共相手に共感しすぎたり影響を受けすぎるせいで、結局二人して暴走してきた過去のエピソードがいくつもある。

鎮め、なだめるなんてことは稀で、逆に火に油を注ぐように助長させることの方が何倍も多かった。

暴走したエピソードの方が記憶に鮮明に残るものだが、その暴走のせいで負った痛手も受けた傷も未だにまだ癒えきれてはいないのだ。

 

健やかなるときも病めるときも共に生きてきた軌跡が、まだほんの8年半という短い時間ではあるが確かにここにある。

そんな自分たちのこれまでの歩みを改めて検討しなおす機会を与えてくれたのが、今回のマイ再ブレイク本、唱田士始矢さんの『スゴ運』だ。

この本は著者の『リストラされて全財産4419円だった僕が宝くじで6億円当てたスゴい方法』が書かれている。

夫はこういった引き寄せの法則だとかが大好きなのだ。

夫には過去の経験からして実際にその素質があるのだと私も期待しているので、好きなだけやってちょうだいと私はいつだって応援体制だ。

一方私の方もそれなりに引き寄せている。

ささやかなものばかりだが数が多い。

例えば美味しいチョコレートが食べないなと思ったら、次の日義母の家を訪れた際にチョコレートがたっぷりかかった美味しいクッキーの頂き物が届いており、そのお裾分けを頂く、そんなエピソードは数限りなくある。

私の一つ一つの経験は言ってみれば誰でもあるようなエピソードばかりなのだが、その頻度は多く、自分では食べ物だったり身の回りのものを引き寄せる力がまあまあ強いのではないかなと感じている。

ありがたいことの連続で生かされているのだ。

 

そんな私たち夫婦の元にやってきたこの本が、当時与えてくれたもの、それは「祐気取り」という開運メソッドだった。

あの頃の私たちは運気を極限まで落としていた。

二人して精も根も尽き果たような状態だったのだ。

そんな中私は、最後の力を振り絞り立ち上がった。

このままではいけない!運気を上げなくては!!!

そして実践したのが祐気取りだった。

この本で祐気取りのことを知り、その後ネットでも調べながら実際に何度も吉方位の旅を重ね、実際に運気を上げることができた。

宝くじは当たらなかったが、私たち夫婦の命運を分ける待望の善きこと二つが成し遂げられた。

それは祐気取りを始めて一年足らずのことだった。 

ただ心と体のダメージがあまりにもきつくて、そんな祝福すべき状況下にあった時期を心から楽しめていなかったことは無念でならない。

 

 

 

今回再びこの本に目を通してみて、以前とは違う収穫を得ることができた。

それは、私たち夫婦のこれまでの歩みと今後の展望だ。

この本の中では、12年周期の運気のバイオリズムを十二神獣という形で振り分け、紹介している。(これが何という占いにあたるのかは不明。)

以前見たときには正直あまりピンと来なかったのだが、あれから3~4年が経って再び検討してみると、これが面白いほど当たっているということが判明した。(いや、こじつけかもしれない、、、私の言っていることを鵜呑みにはしないでくださいね。)

とは言ってもそれが当たっているという見解に至るまでは少しの時間と記憶の整理と工夫を要した。

まず自分の運気の波形を目にしたときにはこう思った、、、ぜんぜん当たってない。

その次に夫の運気の波形を目にしたときにはこう思った、、、これ私のじゃない!?

まず考えとしてやってきたのは、私は夫の運気に影響を受けているのだろう。

夫の運気の波形上にこれまで二人の身の上に起きてきたことのポイントを置いていくとそれが私たち夫婦二人の運気の波であることに違いないと思えてきた。

決定的だったのが、夫の運気の波形には絶頂の時期を迎えて程なくほぼ直角に急降下する場所があるのだが、それが私たち二人の精も根も尽き果てたあの悲痛な時期と一致していたということだった。

この急降下からの底辺を這う冬の時期も、その波形と自分たちの感じていたものに差異がなかった。

逆に運気が高まっているであろう二度の絶頂期にもそれが言える。

一度目の絶頂期は、二人が付き合い始め一緒に暮らし始めた時期に重なっており、二人にとってとても楽しい時期であったことは間違いない。

二度目の絶頂期は充実した日々を過ごし友人たちに囲まれて、とても楽しい時期だった。

やはり夫の運気の波形は、私たち二人の波をそのまま現わしているかのように思えてた。

だがよくよく考えてみるとこれだけでは当たっていることにならない。

重要なポイントが抜け落ちている。

開運の末ついに成し得た、待望の善きこと二連発だ。

 

二人の運気のバイオリズムを知るには、当然のことながら夫のものだけでは不十分だということだ。

やはり私の運気の波形を無視したままでは話にならない。

時系列を合わせて二人の波形を重ね合わせる。

青で夫の波形を、赤で私の波形を、メモ用紙に本をなぞって描いてみた。

そうするとより鮮明に見えてくる。

この時点でこちらはこうで、そちらはこうで、、、と一目瞭然だ。

二人して右肩上がりのときもあれば、私が落ちると同時に夫が上がる時期もある。

最も印象的なのが、夫の急降下とほぼ同じタイミングで私の方は大きく上昇していく二つの波が両極に大きく広がるドラマチックな波形だ。

最初にチラッと自分だけの波形を見たときは、この上昇気がピンとこなかった。

この上昇していく時期は、心身共に最低最悪に向かって落っこちていった時期だったからだ。

だが冷静に考えてみれば、私は大事なポイントを抑えていなかった。

あの善きこと二連発はこの上昇期のあとの絶頂期とぴったりと重なっていたのだ。

夫の運気が急降下したフェーズでは二人一緒にどん底まで落ちたのだが、私が上昇していくフェーズによって上昇方向への波への乗り換えが何とかできていたのだろう。

運気を回復するために祐気取りの旅を重ねていたあの頃と重なっていたのだ。

そして体調不良やメンタル的には底辺を這いつつも、目には見えないところではしっかりと運気を上げて絶頂期にはしっかり念願を達成していたことになる。

それがこの赤と青の波形の中にはっきりと現れていた。

 

全貌がきちんと見えてくる前には、私は夫の運気に完全に引っ張られてる思っていたが、それは思い違いだった。

実際には、お互いに引っ張り合っているのが分かる。

痛み分けのような下降のシェアもあれば、上の者が下の者を引き上げる上昇のシェアもある。

夫婦やカップルの場合、とくに一緒に活動することが多い場合には、二人の運気の波を合わせて見ていかないと見えてこないことが多くあるということだ。

 

 

 

今現在、夫は春の時期、私は冬の時期にいる。

冬の時期とは言っても気分はそれほど悪くない。

それは夫の春のお陰なのかもしれないし、たまたまではあるが秋の最後に冬支度が出来ていたからなのかもしれない。

それにしても、そろそろ春がやってくる気しかしていない。

だが、あと二年は冬なのだ。

そんなドリーミングな冬なら幸せかもしれない。

夫の方は今年が春3年目(最後の年)にあたるのにも関わらず、私の目からは未だに冬眠中のように思われる。

「もう春だよ」と目覚めを促してみる私。

もう起きているのかもしれないが、どうだろう。

私たち二人の春はきっともうすぐそこだ。

 

これからもじわりじわり夫の運気にリードされて緩やかに上がっていくことだろう。

そして3年半後には、私たち二人で迎える新たな12年周期のスタートと、最も楽しい時期の一つになるであろう季節を再び迎えるのだ。

過去に習って気を付けるべきところに気を付けて、二人して順調に上がっていきたい。